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第30題 ── 2026年10月16日 ── 今朝のお題 ── やさしい

岡本かの子『愛よ愛』を要約してください

『愛よ愛』岡本かの子

本文を読む約1200字 ── 2分
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この人のうえをおもうときにおもわず力が入る。この人とのくらしに必要なわずらわしき日常生活もいやな交際も覚束おぼつかなきままにやってのけようとおもう。この人のためにはすこしの恥は涙を隠しても忍ぼうとおもう。  朝夕見なれしこの人、朝夕なにかしら眼新めあたらしきものをその上に見出みいだすこの人。世間ではこの人をおとなのなかのおとなのようにいう。けれどもわたしにはこどもに見える。というわたしをこの人はまだこどものように見てなにかと覚束ながる。互たがいに眼を瞠目みはって、よくぞこのうき世の荒浪あらなみに堪たうるよと思う。  おいおいたがいに無口になって、ときには無口の一日が過すごされる。けれども心のつながりの無ない一日では無い。この人が眼で見よと知らする庭の初雪。この人が耳かたむける軒のきの雀すずめにこのわたしも――。  むかし、いくたりの青年が、この人に競きそい負けてわたしのまわりから姿を消したことであろう。おもえば相当に、罪を担にのうて居いるこの人である。けれどもこの人の、いまの静けさに憎にくしみを返す人があろうか。この人のわたしを庇かばい通した永い年月を他所よそながら眺めてその人達も恨うらみをおさめて居るに相違あるまい。もういくたりの児この父となって。もし逢あってもその人達はこの人になつかしく差出さしだす手を用意して居るに相違ない。そういえばわたしとてよくもこの人を庇い通した――おもえば氷を水に溶とく幾年月。その年月に涙がこぼれる。  和服を着せれば幾日でもおとなしく和服を着ている。洋服を着せれば黙って洋服を着て居る。この人はまるで阿呆あほうのようだ。そのくせわたしの着物にはいろいろと世話をやく。あらい柄がらのものをわたしが着さえすれば悦よろんで居る。ときには少女が着でもするような派手な着物を買ってさえ来る。わたしは訊きく「どうしてこんなものを」この人は答える「うちには娘が無ないからお前に着せる。でないと、うちのなかに色彩がなくて淋さみしい」  いくら忠告してもこの人がたった一つよこさないものはフランス製の西洋寝巻ねまきだ。洋行からわたし達がかえるとき巴里パリに置いて来たこどもが訣わかれしなに父のこの人に買って呉くれた寝巻だ。厚いラクダの毛。これをこの人は夏冬なしに寝巻に着る。夏は毒ですよ、といってもききはしない。そして枕につくとき云いう「こどもはどうして居いるかな」  子を思えばわたしとても寝られぬ夜々よよが数々ある。わたしという覚束おぼつかない母が漸ようやく育てた、ひとりのこども。わたしに許しを得て髪を分けたこども、一いっしょに洋行したこども。おとなびてコーヒーに入れる角砂糖の数を訊きいて呉れるこども。フランスからひとりで英国のわたし達に逢あいに来たこども。パリでは手を握り合ってシャリアピンに感心したこども。置いて日本へかえってからは寄越よこす手紙ばかりを楽しみにして居るわたし達、冬の灯あかりともす頃はことさら巴里の画室で故郷をおもうと書き寄越した手紙を読んだわたしは直すぐにもこの人を起こす。いつも寝入ればなかなか起きないこの人がたやすく起きる。そして涙ぐみつつふたり茶をのむ夜ふけ――外にはかすかな木枯こがらしの風。

底本:「愛よ、愛」パサージュ叢書、メタローグ    1999(平成11)年5月8日第1刷発行 底本の親本:「岡本かの子全集 第十四卷」冬樹社    1977(昭和52)年5月15日初版第1刷発行 初出:「婦人画報」    1933(昭和8)年2月号 入力:門田裕志 校正:土屋隆 2004年3月30日作成 2013年10月5日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。青空文庫で原文を見る ↗

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